在日日本人から見た在日韓国人                         (そして一つの提案)                                                        麓昌代                                         「MINDAN文化賞2007年度受賞論文」 韓国の田舎に嫁いできて12年になる。ファッショナブルな都 会の暮しとは違い、私は昔ながらの韓国の嫁として過ごしてき    の性質から、表立ってはわからないのであるが、本音の部分で た。最初は不慣れで難しいこともたくさんあったが、私はこの    はかたくなに差別階級として対していた風潮があったのである。 生活のなかに思いもよらず、人として生きていく上で最も重要     このことを思えば、逆に私の様な生粋の日本人が韓国の生活 な本質を探し出した。一方、日本に渡った彼らは、元々身につ    圏に根を下ろして行ったならばどうだろう。本来、無条件に袋 いていたこの貴重な宝物をいつまで保存していけるのだろうか。   叩きにされてもおかしくない存在ではないだろうか。結果的に 韓国も知り日本も知っている。他人では無い在日同胞の方々に    私はこの地に於て迫害されたことも無ければ、そのような雰囲 送るメッセージである。幾つかの角度から見た在日の過去、現    気を感じた事も無かったのである。逆に温かい情で接してくれ 在、未来、そして最後に一つの提案にたどり着く。         る人が多かったのである。ではこの陜川は日本との接触が少な                                 かった地域なのであろうか。そんなことは無い。ここには日本                                 からの資金で建てられた“原爆被害者福祉会館”と言う施設が <私は在韓日本人>                        ある。広島に原爆が投下された当時、その場に於て約2万人の  本論に入る前に、私自身の紹介を簡単に申し上げたく思う。    韓国人が死亡したといわれている。その内で陜川出身者が最も 私はここ韓国の慶尚南道陜川(ハプチョン)群という田舎に嫁    多く死亡したが故にここにそのような施設が建てられたのであ いできて12年になる。近代化した都市生活とは違い、昔なが    る。現在この施設では原爆の被害者の看護と治療がおこなわれ らの生活様式でお姑さんに侍って暮らし、1年に何度も巡って    ている。このような地域でもあるのである。  くるチェーサをきり持つ韓国の嫁として過ごしてきた。日本人     韓半島に於ける国家の歴史は4000年以上にもなり、日本 として韓国の伝統も文化も言葉もほとんど無知な状態から出発    の倍以上である。長い歴史を通して単一民俗を誇ってきたが故 し、そこそこ人並みのことが出来る様になった背景には、周り    に、族譜と呼ばれる家系図が揺らぐことなく継承されてきたの の人々の協力や関心、また社会環境の中にどっぷりつかりなが    であろう。先祖を敬うチェーサを施し、父母に侍る孝道、年長 ら12年という年月を通して私自身が熟成されたためであろう    に侍ると言う儒教の教えが深く根を下ろした伝統と文化が定着 と自覚している。                        している。“敬天愛人”“東方礼儀の国”と言う言葉は韓国を  韓国に於て私は多くの事を学んだ。そして今も学び続けてい    象徴する思想であり、これが民族性となっている。 る。日本の文化には無かった多くの事に気づかされている。      このように熟成された民族性によって私は日本民族であった  こちらの人々は日本を"近くて遠い国"として認識している。    としても。ある意味で許されて住まわさせていただいていると 距離的にはどこよりも近い隣の国ではあるが、心情的には打ち    も言えると思っている。 解け合えない歴史的なしこりを残した間柄である。歴史を逆上     私は日本人であるし、どちらの側に立とうというのでもない れば日本はまさに八百九十数回もの韓半島侵略を試みてきた。    のだが、理性的にまた総合的に考えて韓国には、人が生きてい 島国である日本がアジア大陸に進出しようとすれば、その入り    くにあたって少なからず日本よりも優れた、誇り高い伝統と文 口となる韓半島が最初のターゲットとなるのは当然とも言える    化が定着しているといって間違いない。私はこれからもこの韓 のであるが、そのことに於て輩出された莫大な惨事と被害、犠    国の地で生きて行くだろう。しかしこちらに住めば住む程に気 牲者の数を思えば日本に対して恨みの情を抱くのは人間であれ    にかかるのが日本にいる在日の方達のことなのである。 ば、当然であると言えるのである。                   一方、日本に於ては歴史的にも被害を大きく被ったと言う事     実が無いにも関わらず、特別な根拠が無い中で在日の人々を差    <在日同胞が日本に及ぼした影響> 別の対象とし、その傾向は少なからず現在の日本社会に於ても      第2次世界大戦に敗戦した日本を勇気づけ、復興させた中 息づいているのである。                     心人物のなかに日本を代表する歌手と呼ばれた美空ひばりがい  私がこの12年間韓国の地で学んだ一番大きな事を一言で表    た。プロレス界の国民的英雄として一世を風靡した力道山がい 現するならば“韓民族の精神”と言って良いだろう。私の立場    た。彼らは、どん底に陥った敗戦後の日本に大きな勇気と希望 は在日韓国人ではなく在韓日本人である。私がまだ日本に住ん    を与えてくれた。彼らが在日同胞であることが明らかにされた でいた当時、在日韓国人に対するイメージというものは一般的    のは後の事である。その他にも歌手、俳優、スポーツ選手と、 に良くなかったと思う。"本音とたてまえ"と言う日本人の特有    戦後の日本を支えてきた有名人のなかには、在日又はその血統                                 をひく人々が非常に多い。                                  私自信こちらに暮らして感じることは、平均的に韓国人の方                               1 が日本人よりも背が高く、体格も良い。そして歌と踊りをこよ    られるかと言うことである。“私は韓国人である”といつまで なく愛する民族である。最近に於ては、各マウルにある老人会    主張することができるのであろうか。現在、本国にいる親戚と 館にさえもカラオケの機会が必需品であり、天井にはミラー     の関係が良く頻繁に行き来できている人ならば、韓国はいつで ボールがキラキラと光を放っているのである。歴史を通じて、    も思い出せばなつかしい祖国と言えるであろう。しかし因縁の いつの時代にも外部からの侵略を逃れるために、苦労してきた    切れてしまった人たちにとってはたとえその人が韓国籍を持っ 民族の背景がある。その為、そんな悲しみからも危機からも脱    ていても、祖国はやはり“近くて遠い国”になっているのでは 出することの出来る知恵と精神力が養われてきたのであろう。    ないだろうか。 基本的に、韓民族は陽気である。いずれにせよ、歌って踊って     ここに在日同胞達の悲惨さが垣間見られる。日本においては 悲しみを乗り越えてきた習慣が本能的になり、民族性として定    “韓国人”だの“朝鮮人”だのと呼ばれ偏見の対象とされなが 着したのであろう。在日系のスター達が多いと言うのは、その    ら、いざ本国の韓国に戻ったとしても、片言の韓国語に身ぶり 才能に血統的なものがあると言えるだろう。            手振りでは彼らを“日本人”と言うよりほかにすべがないので  結果として、ここに挙げた例はほんの一部にしか過ぎないの    ある。表現は悪いが、在日同胞達のなかには本当の意味で故郷 であるが在日同胞が日本社会に与えてきた業績は本当はもっと    失った(心のよりどころのない)失郷民となってしまった人達も 大きく評価されるべきものであるはずだと強く感じるのである。   多いだろうと推測さざる負えない。 一般の日本人にこの認識が大きくかけているのは、日本社会に     それでは彼らはいつか日本国籍に帰化し、日本文化のなかに 於いての在日に対する偏見が強いのと、評価の対象になるもの    まみれながら吸収されてしまうのであろうか。そしてその事は 主に形のあるものではなく、精神的なものが多いため、評価の    致し方ないことなのであろうか。 対象となりづらいとも言えると思う。私が韓国に住んでみて実     結論から言って私はなんとか在日同胞が日本社会の中で威厳 感することは、韓民族は日本人よりもはるかに強い「気」を持    を持ってむしろ日本社会を再び復活させ、リーダーシップをと っていると言うことである。歌もスポーツも結局のところ「気」   ってもらいたいと願う者である。前述したように、私は韓国に が原点だと感じる。すなわち在日同胞が日本に与えた一番大き    来て多くの事を学んだ。そして現在、私自身が韓国の伝統と文 なものは「気」であるように思う。                化に吸収されつつある。だからと言ってそれは私の日本の国に                                 対する愛国心の無さを意味するものではない。「郷に入れば                                 郷に従え」と言う合理的な考えからでも無い。私は一人の人間                                 として“人間として生きるべき基本的な秩序と理念”をこの国 <在日同胞の危機と将来>                     に於いて探し出したからである。韓国の伝統と文化が人間の生  現在日本で暮らす在日は、既に3世、4世時代を迎えている。   きる上に於いて、もっとも重要で基本的なものを提示している。 最近は日本国籍に帰化する人も多く、日本人と結婚する人も多     一例を挙げれば、韓国語である。韓国語は自然界のあらゆる くなってきている。在日の歴史が100年を超えたと言うが、初     音を最も正確に発音表記することの出来る言語として世界的 期も様々な理由で日本に渡ってきた1世達は、本国の伝統と文     に認定されつつある。日本語だけを使っていればそれが最高の 化をそのまま持ち込んできた種であった。各地に集落を形成し    言語だと思うことも出来るのだが、表現の豊かさに於ては韓国 て住み、難しい中にあってもチェーサを行い名節を迎えた。季    語にはかなわないのである。実際私自身が通訳や翻訳の仕事を 節毎に作る各種貯蔵食品(キムチ,みそ,醤油,各種醤油漬,等)     していて、韓国語を日本語に訳そうとした時に適格な表現を など食文化の伝承も2世までは正確に伝わったであろう。1世    探し出せなくて苦労した経験がしばしあったのである。日本語 達が本国の故郷を想うその切実な心情までも2世達には正確に    自体、韓国語から生まれたと言う説もあるわけだから母体のほ 伝わったはずである。                      うがその容量は大きいと見てよいのではないだろうか。その他、  では、3世、4世の時代となった現在はどうであろうか。もち    日本の古代国家成立の時代に於ても、当時の日本よりはるかに ろん民族教育を行う学校は各地で運営されてはいるが、それで    優れた韓半島国家の文化や技術を多く取り入れたと言う事は公 もそこは大韓民国ではなく、あくまで日本国内なのである。環    認されている事実がある。 境と言うのはとても大きな影響を持っている。私には4人の子     要するに、規模の小さなものが大きなものに吸収されること 供がいるが、恥ずかしい話、誰一人として日本語をまともに話    出来ても、規模の大きなものがそれより小さなものに吸収され せないでいる。もちろん父親が韓国人だからだと言う言い訳も    ることは不可能なのである。 つくることは出来るのであるが。                  私が韓国に嫁いできた12年前の当時を思い起こしてみれば、  私の知り合いの在日2世の人から聞いた話である。「うちの    確かに日本は韓国の何段階も先を走って行く先進国としての威 娘も日本人と結婚してん。あの子はなんにも出来へん。チェー    厳をもっと眩しい国であった。韓国内でも「いやぁ、日本に追 サもうちでおわりやと思てる。テンジャンも醤油もうちは見よ    いつくまでには30年から50年はかかるなぁ。」と言う声を う見まねで作ってきたんやけどな。もうあかんな。しゃあない    よく耳にしたものである。しかしそれから今日に至るまでの韓 な。ここは日本やからな。」実感のわく話である。これが現実    国の発展ぶりには目をみはるものがあった。現在、貧富の差は ではないだろうか。あえて私が主張するまでもなく、在日同胞    あったとしても一般的な生活水準は日本とそれほど変わらない 社会は大きな転換期を迎えているのである。極端な話、在日200   までに向上してきたのである。 周年、300周年を迎える時に果たして在日が在日として残ってい                              2 国家の栄枯盛衰と言うのは予測しずらいものである。韓国が     この地にあり、この韓国には少なからずまだ健全な心情文化世 過去の問題をひきずりながらも日本に関心を持たざる負えなか    界が存在するからである。 ったのは、戦後の日本が高度成長期時代を通して世界的な経済    本郷地(ふるさと村)づくり 大国となり、その位置を確保したためであっただろう。それで     私は最後に一つの提案をしたい。私が韓国に住みながら常に は今後、情勢の変化によって仮に日本が経済的に後退し経済大    感じてきたのは、日本で苦労する在日同胞の方々を差し置いて 国としての威厳をも失ってしまったならば一体どうなるであろ    私の様な者がこの貴重な生きた韓国の伝統と文化を身につけて うか。少なくともこちらの人々は日本で暮らす同胞達は“いい    しまって良いのだろうかと言うことである。私は私なりに在日 暮らしをしている”と言うイメージを持っているのである。言    の方々の故郷に対する想いがどれほどのものであるかというの い換えれば、本国の人々からしても“在日はお金をもっている”   は理解しているつもりである。それは在日の知り合いを通して、 と言うひとつの魅力的な内容があったのに、万が一それさえも    また様々な出版物を通して、そして決定的なことはここに住ん 無くなってしまったならば彼らの立場はますます虚しいものに    でみてである。 なってしまうのではないだろうか。                 私は在日の方々がいつでも気軽に帰って来る事が出来、足を  一方、韓半島に於て近い未来、南北統一が成されれば、アジ    伸ばして昼寝もし、マッコルなどを飲みながら一晩中語り合え ア地域はもはや陸続きの一日圏内に入る。国境を越えた共同生    る様な、本郷の地が必要であると切実に感じてきた。そしてそ 活圏として急速度に発展していくだろう。最近の中国やインド    のような場所を準備したいと考えてきた。そこに一定期間滞在 の発展ぶりはその事を予兆しているかのようである。そうなっ    しながら素晴らしい韓国の伝統と文化を再確認、再学習して再 た場合、必要となってくるのが超国家的なイデオロギーである。   び日本に帰って活躍していただきたいのである。バッテリーも 私の予感が間違っていなければそのイデオロギーはここ韓国に    充電しなければ動かない。人も同じである。時々帰ってこられ 於いて芽生え、根付いているものではないだろうか。なぜなら    て、長い人生航路の旅の疲れを癒して欲しいのである。このこ ば、韓国の伝統は家庭中心であるからである。アメリカにして    とは極めて重要な内容である。前述したような世界情勢になれ 日本にしても現在、家庭の崩壊によって倫理、道徳的に深刻な    ば韓国は重要な国になってくる。その時になって、元々のこの 危機にさらされているのである。韓国では社会は家庭の拡大形    国の主人達が帰ってくる家もないようではつまらないではない である。自分の家庭を完成した後には、社会も自分の家庭とな    か。在日の方々が最後にたどり着かなければならない場所はや るのである。その証拠に社会の中でもお互いを、「お兄さん」    やはり本国であり、本家であると言うことを私は強く主張した 「弟」「お姉さん」「妹」と呼びあっているのである。このよ    いのである。そして将来、ややもするとアジア諸国から冷遇さ うな家庭的関係性を持ちながらもお互いの間には明確な秩序を    れかねない日本との架け橋の役割を果たしてほしいのである。 持つ、このような思想が末長く平和世界を維持していける核心    なぜなら日本もまた皆さんの第二の故郷に変わりはないのだか のように思えてならないのである。もしも私の考えが的中する    ら。 ならば韓半島はアジアはもちろんユーラシア大陸全体の中心国     家として急速度で発展していく事であろう。又この事が、血と 汗と涙を流し続けてきた悲惨な歴史を持つ韓国に、天があらか    <その具体的な場所の選定> じめ準備してくださった最高の賜物ではないかとさえ思えてく     何をするに当たっても、意欲のあるところに成功があるはず、 るのである。                          である。幸い私が住んでいる、慶尚南道陜川(ハプチョン)群は、                                 以上の事柄を成就するにふさわしい条件を兼ね備えている。                                 *田舎で環境が汚染されておらず、昔からの純粋な伝統と文化 <一つの結論>                           がそのまま生活の中に保存されている。  ここ一世紀を通して特に多くの困難にぶちあたってきた同胞    *群の自治体の方針が“観光都市開発”であるが故に、海外か 達。強制労働や、出稼ぎ労働を目的としながら日本に渡り、様    の訪問客に対しても充分に対応出来る。(日本語通訳者が多い) 々な事情が故に定住してしまった人達。本国の経済状態が難し    *統計によれば、在日同胞の出身地として一番多いのが慶尚南 く、アメリカンドリームを夢見てアメリカに渡った人達。果た    道であり、そのなかでも陜川(ハプチョン)の出身者が多数を占 してそれらの国に彼らが夢見た新天新地は存在したのであろう    めるとされている。 か。結果は否なのである。                    *地元び人の温かさは他の地域より秀でている。  キリスト教精神をモットーに多民族が共に暮らす事の出来る     私の第二の故郷となったこの地域を自身をもってお勧めした 自由の新天新地を目指したアメリカは現在、ホモとレズビアン、   い。そしてこの故郷、いや本郷の地を在日の皆様と共に共有し そして麻薬の巣窟と化している。日本に於ても“ひきこもり”    たいのである。 と言う精神病に侵された人口が200万人にも及ぶと言う深刻     以上のことが私、在韓日本人として在日同胞の皆様に送るメ な社会問題を抱えている。これらの地で仮に経済的に大成功を    ッセージでありプロポーズである。私達の因縁がたった今この 収めたとういう同胞の方がいても私は彼らを全面的に羨ましい    場から始まり、末長く続いていくことを確信したい。私と共に とは思えない。なぜならば、彼らについながれる血統の原点は    本郷地(ふるさと村)づくりを具体的に始めていこうではありま                                 せんか。 3